もう10年生きたら何かが変わるのかもしれない

 

鬱だとわかってから、自分がとてもダメな人間のように感じていた。

眠ること、食べること、人と話すこと、関わること、

他人が当たり前にできることがわたしにはできない。

中でも嫌気がするのは、考え方。

今のわたしの脳みそは聞いた話の悪い部分だけ集約していて、

何かにつけて最悪の結末を思い浮かべる。

だから未来に希望なんてないし、

生きることは辛いことしかないと思っている。

どれだけストレスを取り除こうと他人が協力してくれても、

自分自身でつくり続けているのだからどうしようもない。

自分の明るい言葉も考え方も信じられないから、

他人に否定する言葉を貰わないとダメ。

直接聞いてもいいし、ネットの記事なんかでもいい。

信憑性なんかどうだっていい。

ただわたしのネガティブな妄想を否定してくれれば、それでいい。

 

 

で、そんな自分がとても面倒臭い。

何かにつけてこの妄想を否定してもらわないと、

いちいち人を信用できないのも嫌だ。

今一番のストレスは、周りの人を信頼できなくなることかもしれない。

”嫌われたんじゃないか””近い将来縁を切られるんじゃないか”

って、何かにつけて思う。

要は人間関係が破綻するのがとても怖いらしい。

これはきっと、幼少期のトラウマが原因で、

でも大人になったらそんなことする人は稀だし、

私の周りにそんな人いないしって、

頭ではちゃんとわかっているのにどうしようもなくなる。

これまでの人生、人から嫌われるのが怖いだなんて思わなかったのに。

こういうところが鬱の厄介なところで、人格を変えられてしまう。

 

 

そういうわけで今一番の悩みでありストレスが自分のこの考え方で

ピークに達すると死にたい最大の理由になるのだけれど、

あと10年生きたら変わるかもしれないと、ふと思った。

鬱だとわかってから、自分がとてもダメな人間のように感じていた。

だからきっとわたしは何年経ってもこのままで、

苦しみもずっとこのまま続いていくと思っていた。

何の成長も、変化もできないと思っていた。

けど、わたしは生まれてからずっとわたしとして生きてきていて

生まれてからずっとこのわたしだけれど、

10年前の悩み事なんか覚えていない。

あの頃は高校生で、きっといろんなことに悩んだはず。

勉強とか進路とか、恋愛とか家族とか。

でも何一つ覚えていない。

こんなことに悩んだかな〜って想像はできても、

当時の苦しみを思い出すことはできない。

途中で誰かに憑依して乗っ取ったりしていないから、

わたしはずっとこのわたし。

だからもしかしたら、10年後、今の悩みなんて覚えていないのかもしれない。

 

 

わたしだって時の流れと共に変化して、少しだとしても成長してきた。

そう思えたらちょっと心が楽になった。

今は目に見える変化が少ないのに他人の変化は見えてしまうから

ますます自分を責めるけど、

もしかしたら10年後、今日のことを懐かしく思うのかもしれない。

その頃の自分は少しだとしても変化して、成長しているのかもしれない。

 

 

過去の頑張って生きてきた自分に救われたから、

未来の私も、救ってあげられるかもしれない。